カジノを含む統合型リゾート(IR)の整備を政府に促す「カジノ解禁法案」が7日、参院本会議で審議入りしました。法案を巡っては、経済活性化につながると歓迎する声がある一方で、ギャンブル依存症の増加への懸念もあります。ですがそもそも、賭け事に興味のない記者からすると、はまってしまう心理がイマイチ分かりません。そこで、のめり込んでいるという小学校の男性教諭を取材しました。20代にして800万円もの借金を背負う男性の体験から見えてきたのは、ギャンブル依存の深すぎる闇でした。(朝日新聞東京編集センター記者・森田岳穂)

全財産は1300円 それでも賭ける

 「よっしゃ!当たったみたい」。取材当日も男性は賭けていた。給料日まであと5日あるというのに、残金は1300円。インターネット経由で全額を馬券につぎこみ、2700円が払い戻された。
 男性は目立つタイプではなく、どちらかと言えば真面目なタイプに見える。国立大学の教育学部を卒業。常勤講師を経て、公立小学校の教諭になり、担任を任されているという。「仕事が本当に大好き。働いている時間が本当に楽しい」。
 仕事について語る姿は、真面目で熱意にあふれた先生そのものだ。だが、800万円以上の借金があるという。「学生時代は授業をサボってパチスロに行く友人を軽蔑していて、昔はギャンブルが大嫌いだった。お金もほとんど使わなかった。それが気付けば、こんな状態ですよ」

 一体、男性に何が起きたのか。

競艇も競馬も「真面目に」勉強した

 大学生活は勉強とボクシング、アルバイトに打ち込んでいた。飲みにも行かなければ、洋服や遊びに金を使うこともしなかったため、一人暮らしにもかかわらず貯金は100万円を超えていた。
 初めて賭けたのは大学3年の頃。ボクシングをやめて時間をもてあましていた。友人も少なく、彼女もいなかった。暇をつぶせる場所を見つけようとネットで検索すると、競艇場が見つかった。買い方も、ルールもよくわからず、2千~3千円をおそるおそる賭けたが、全く当たらなかった。
 ただ、元々の勉強熱心な性格からか、競馬や競艇を「真面目に」勉強し出した。詳しくなるほど、「これだけ知識があるんだから絶対当てられる。俺より知っているやつはいない」。そんな気がしてきた。

家賃を競艇に、そして消費者金融へ

 徐々に、賭ける金額が増えていった。気づけば100万円の貯金は底をつき、家賃さえ払えなくなっていた。4万5千円の家賃を払うため、親に頼みこんで5万円を借りた。何を思ったのか、その5万円を衝動的に競艇につぎ込んだ。「手元に5千円しか残らないことが不満で、増やしたいと思ったのかも知れない。でも本当に明確な理由はわからなくて、あれは衝動だったとしか言いようがない」。

 結果は残酷だった。1円も返ってこなかった。

 「人生終わった。このままホームレスになるのかもしれない」。焦って携帯で検索すると、消費者金融を見つけた。「簡単審査」。こんなことが書いてあった。電車賃も払えないので2駅歩き、無人契約機で10万円を借りた。人生で初の、借金だった。「自分の金が出てきたと錯覚がした。後はもう、ドミノ倒しのように借金が増えていきました」 

給食だけで5日過ごす

 教師になって、安定した収入を得ると、借金の審査も簡単に通るようになった。消費者金融で50万円を借り、競艇の1レースに賭けた。70万円になって戻ってきた。その70万円を次のレースにつぎ込むと、はずして0円になった。数十万円の金がなくなるのに、1時間もかからなかった。「借金を借金と思いもしなくなっていた」

 スロットも始めた。毎週末、10万円は使った。増えて戻ることもあったが、手元に金がない日々が続くようになった。いつの間にか食事よりもギャンブルを優先するように。金がなく、昼の給食だけで5日間過ごしたこともあった。

週末が怖い 仕事中しか安心できない

 やめなきゃいけない。やめたほうがいい。そう思っていた。身近な人たちからも何度も言われた。でも、自分の意思ではどうにもできなくなっていた。平日は学校の仕事で忙しかったが、週末になると賭けたい衝動が抑えられなくなる。そんな自分が怖かった。依存症だと自覚もあった。治療しようと精神科を予約したことがあったが、直前に面倒になりやめてしまった。

 「普通の人は、週末が来るのが楽しみだと思うけど、自分は違った。週末になると賭けてしまう。仕事がある時は本当にホッとするんです。『ああ、今日はギャンブルをやらなくて済むんだ』と思うと、心が落ち着くんです」

「金が目的じゃない。賭けること自体が快感」

 記者も、一度だけ、パチンコに手を出したことがある。大学生の時、「ビギナーズラックがあるから」と友人から強くすすめられ、挑戦した。1万円を台に入れると、パチンコ玉が飛び出し、ルーレットが回り始めた。だが、当たるそぶりはなく、1時間もたたずに使い切ってしまった。

 スーパーのレジ打ちのアルバイトで得た10時間分のお金があっという間に消えてしまったことがショックで、二度と足を運ぶことはなかった。だから、のめり込む人は「大当たりした体験が忘れられない」のだと勝手に思っていた。だが、男性は違うのだという。

 「よく人から『当たった時の快感が忘れられないんでしょ』『負けたお金をいつか取り返したいんでしょ』と言われますが、違うんです。自分が金をつぎ込んだ馬やボートの行方を見つめている時の快感がものすごい。賭けること自体が楽しくて仕方ない。病気ですね、もはや」

借金800万円 犯罪の誘いも

 借金が膨らむと、消費者金融でさえ借りれなくなった。それでも賭けたくてしかたなかった。金に困っていることを学生時代の知人に相談すると、「中国人との偽装結婚の話がある」と持ちかけられた。さすがに断ったが、道を踏み外しかけていることに気づき、恐怖を覚えた。

 今の借金は800万円を超える。利息の支払いやクレジットカードのリボ払いの返済だけで、月に15万円。家賃や光熱費を払うと手元には1万5千円しか残らない。「やめたいと思いますよそりゃ。でも今はやめられない」

依存症の疑い536万人

 厚生労働省研究班の2013年の調査では、ギャンブル依存症の疑いがある人は成人の4.8%にあたる536万人のぼると推計されている。

 カジノ解禁法案では、付帯決議で「依存症予防などの観点から厳格な入場規制を導入」「依存症患者への対策を強化すること」などとしているが、懸念の声は強い。依存症患者の家族らでつくる「ギャンブル依存症問題を考える会」は「現行の法案では、対策が不十分だ」との声明文を1日に発表した。

「カジノ、作らないで」

 では、依存症だと認める男性は、法案をどう見ているのか。男性は、カジノ誘致を進める自治体の近くに住んでいる。
 
 「経済活性化になるというのが理由なんですって? できれば作らないで欲しい。今まではカジノに興味を持っていませんでしたが、できてしまえば、私は絶対に行ってしまいます」

 男性は、カジノができることで、依存症の裾野が広がるとも警告する。パチンコなどと違い、洋画などの中で洗練されたイメージで描かれることもあるカジノができれば、これまでギャンブルに興味がなかった人が依存症になる可能性が出てくると思うのだという。     

 「いいことにはならないですよ。私だって、自分は絶対に依存症になどならないと思っていましたから。気づいたときには戻れないんですよ。本当に、ギャンブルなんて知らなければよかったと思っています。法案が通れば、依存症は必ず増えていきますよ」